■海苔の歴史

海苔の歴史についての基礎的な情報をご案内いたします。

海苔の歴史

日本人と海苔の関わりは大変古いもので、701年の大宝律令に「紫菜」として記述がみられます。四方を海に囲まれた日本では、おそらくそれ以前より頻繁に食べていたのではないでしょうか。古代人の残した貝塚のようにカタチとしては残っていませんが、そこに見られるアサリやハマグリが数多く採れるような遠浅の穏やかな海には、もちろん海苔も繁茂していたに違いありません。
                              
ただ当時は今のような板状の海苔ではなく、生で食べる以外は、摘み取った海苔をただを乾燥させるなどしたものでした。
お馴染の板状の海苔は江戸時代半ばに登場します。その頃すでに養殖もおこなわれるようになっていました。これらの技術は江戸前と呼ばれた今の東京湾で発達し、江戸の名産にまで成長します。

明治以降も安定生産の確立に向け、先人達は努力を積み重ねていきましたが、海苔の種は自然任せであり、必ずしも安定するまで至りませんでした。
これを解決するには昭和24年、英国人ドリュー女史が海苔の糸状体の発見(ライフサイクルを解明)を待つことになります。この発見により、人口的に種を採ることが可能となり、養殖技術は大きく飛躍、全国に普及するようになるのです。
その後技術の革新とともに、日本各地で、それぞれの海場にあった養殖法が発展し、現在に至ります。